2021/08/18

今日もていねいに。32

こんにちは。
松浦弥太郎です。

このたびの大雨の被害に合われたみなさまには、
心よりお見舞い申し上げます。
被災地の一日でも早い復興を心よりお祈り申し上げます。

水は つかめません
水は すくうのです
指はぴったりつけて
そおっと 大切に

水は つかめません
水は つつむのです
二つの中に
そおっと 大切に
水のこころも
人のこころも 
(高田敏子著・新川和江編
『高田敏子詩集』花神社、1997年)

これは台所の詩人として知られた高田敏子さんの
「水のこころ」という大好きな詩です。

この詩は、高田さんが実際に台所で、
水仕事をしているときに生まれた詩だといいます。

「泣きながら書いているのよ。
気がつくと泣いているの」と、
高田さんはエッセイに書いている。

「水のこころ」を読むと、
僕が幼い頃、台所に立つ母の後ろ姿を思い出します。

働いていた母は、夕方、家に帰ってくると、
ずっと台所に立っていました。

玄関のすぐ横にあった台所はとても小さくて、
台所に暮らしのすべてがあり、また家の中心で、
いつもその小さな台所に家族が集まっていました。

母は台所に立ち続け、
せっせと料理をし、洗い物をし、片付けをし、
子どもたちの世話に明け暮れていました。

水のこころも人のこころもつかむことはできない。
ふたつの手をあわせて、そおっと大切につつむ。
僕にとって、この言葉は、
母そのものだったように思います。
そう、母はすべてをつつんでくれていました。
ときには泣きながら。

そして今、こんなふうに思うのです。

自分は今、なにかをつかんでいないか。
つかもうとしていないか、と。
大切にするべき、仕事と暮らし、そして人のこころを。

「水のこころ」は、
僕に生き方を教えてくれています。
今でも。

それではまた。
今日もていねいに。

松浦弥太郎

エッセイスト、クリエイティブディレクター

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